インタビュー

“正直な商い”こそ、最大の成長戦略。

急がず、誠実に。社会に根を張る企業づくりの哲学】

 福岡県を拠点に九州各地で、安心・安全にこだわった自然食品を提供し続ける株式会社オーキュウ。創業者・松山社長が掲げるのは、「全国を駆け巡って探し出した厳選商品を、永続的にお客様へ届け続ける」という強い志だ。創業当初から一貫して、急速な拡大よりも“地道な信頼の積み重ね”を重視してきた。「誰よりも誠実に、正直に」。この言葉こそが、松山社長の経営の軸であり、約30年にわたりスタッフと共に守り続けてきた信念でもある。
派手さを追わず、あくまでお客様に喜ばれることを第一に考える姿勢。その背後には、「社会の役に立つ企業でありたい」という、静かだが確かな意志がある。松山社長の経営哲学は、単なる理想論ではなく、現場での実践に裏打ちされたものだ。では、その哲学はどのように培われたのか。そして、松山社長がこれから描く未来とはどのようなものなのか?誠実な経営を貫いてきた松山社長の歩みと、これからの志に迫る。



【1,000億円企業の栄光と崩壊】

 松山社長のキャリアは、若き日に身を投じた“日本一の巨大組織”での経験によって大きく形づくられた。当時、日本最大規模を誇るサプリメント催事販売会社に入社した松山社長は、「いつかは独立して自らの会社を持ちたい」という夢を胸に、休む間もなく仕事に没頭した。その企業は、全国にわたり県単位で地区販売会社を展開。かつて松下電器が全国に築き上げた地域密着型販売店「パナショップ」をモデルに、流通インフラを独自に構築した組織だった。その結果、サプリメント業界では異例ともいえるスピードで成長を遂げ、グループ総売上はわずか数年で1,000億円を突破。関連会社は70社を超え、販売拠点は全国で550店舗に達した。自然食品やローヤルゼリーなどの健康食品、そして消費者に喜ばれる特売商品を軸に、全国的なネットワークを築き上げていった。しかし、急成長の裏側で組織の歪みも徐々に広がっていく。成熟し切った組織はやがて成長の鈍化に直面し、企業としての勢いに陰りが見え始めた。すると、各地でグループ会社を任されていた経営者や幹部たちの中には、「自らの力で事業を興したい」と考える人が次々と現れ、独立の動きが相次いだ。その状況を受け、会社は離脱を防ぐために“グループ一社化”という決断を下す。だが、それは同時に、現場で社長を目指して努力していた多くのリーダーたちにとって、夢の終わりを意味した。「いつか自分も社長に——。」そう信じていた人々が、突如として“営業部長止まり”の現実を突きつけられたのである。理想と現実の乖離が、組織の結束を少しずつ蝕んでいった。優秀な人材ほど早く離脱し、やがてあれほどの規模を誇った巨大組織は、崩壊の道を辿ることとなった。



【情熱が人を動かす、仲間と歩んだ独立の決断】

 当時の上司もまた、「自らが社長を目指す」という強い志を持つ人物だった。松山社長はその上司と共に、365日、休みなく働きづめの毎日を送っていたという。ある日、その上司から「一緒に独立しないか?」と誘いを受ける。悩んだ末にその言葉に応え、共に新しい道へと踏み出した。新たな会社では、わずか26歳で取締役という重責を任される。若くして経営の最前線に立った松山社長は、戦略・組織・販売・人材育成など、経営の根幹に関わるテーマと真正面から向き合い、多くの実践的な経験を積んでいった。この時期に学んだことが、後の経営人生を支える大きな財産となる。しかし、いびつな形で生まれた組織の中では、理念や方向性の違いが徐々に表面化していった。理想と現実の間に生じた小さなずれは、やがて上司との決的な亀裂へと変わっていく。「このままでは、自分の信じる経営ができない」——そう感じた松山社長は、退職という決断を下した。その知らせを聞いた部下たちは動揺した。「松山さんが辞めるなら、私たちも一緒に辞めます。」次々と申し出る声に対し、松山社長は「同じ業界で商売をするつもりはない。だから一緒に辞めるのはやめなさい」と諭した。それでもなお、専務が辞表を手にし、真っ直ぐな目で訴えた。「一緒に、新しい会社を作りましょう。」その情熱と信頼に心を動かされ、松山社長は独立、創業を決意し仲間と共に、理想の経営を実現するための新たな挑戦が始まった——。

【役職よりも信頼を選んだ異例の創業スタイル】

 独立を決意し、自ら創業の道を選んだ松山社長。しかし、彼が選んだのは誰もが想像しなかった“異例”のスタイルだった。「自分がトップである必要はない。自分には自分にしかできない役割がある。まずは自分の役割を果たし、信じてついてきてくれた仲間を一日でも早く安心させたい。」松山社長が選んだのは、「創業者でありながら社長にならない」という道。前職の上司に社長を任せ、自身は営業部長として現場の最前線に立ち続けることを選んだのだ。仲間とともにお客様の声を聞き、共に汗を流すことで会社の信頼を築き上げようとしたのだ。松山社長は、自己分析が非常に的確な経営者である。「派手なことはできないが、お客様と真摯に向き合い、正直に、そしてコツコツ積み重ねていくことなら誰にも負けない」そう語る姿勢は、創業当初から一貫して変わらない。まずは“お客様の信頼”を自らの手で築くことを使命とし、営業部長としてのスタートを切った。その思いは、今もなお会社の根幹に息づいている。株式会社オーキュウの社是は「真面目が一番」。この言葉こそ、同社が長年にわたり信頼を得てきた原点であり、松山社長の経営哲学そのものである。松山社長の“誠実な経営観”は、どのようにして育まれたのか。



【経営の神様から学んだ“誠実な経営”の力】

 松山社長の経営哲学の原点には、ある一人の偉大な経営者の存在があった。それが、「経営の神様」と称される稲盛和夫氏である。若き日の松山社長は、多くの経営書を手に取り、日々経営とは何かを探求していた。
その中で出会った稲盛氏の言葉──「真面目」「誠実」「謙虚」。
この三つの価値観に、深く心を打たれたという。「経営の神様が語る“人としてどうあるべきか”という問い。そこに、私がずっと大切にしてきた想いが重なっていたのです。」松山社長は、自らの信念と稲盛哲学が見事に一致していることに気づく。
そして確信する。「同業他社よりも地域の皆様に愛される道は一つ。誠実に、真面目に、正直にやっていくことしかない」と、以来、オーキュウでは“嘘をつかず、お客様には誠実に向き合い、正しい情報を伝える”という姿勢を貫いてきた。それは華やかではないが、揺るぎない信頼を築く唯一の道である。この「人として当たり前のことを徹底してやり続ける」というプリミティブな精神こそが、30年にわたり同社を支え続けた原動力だったのだ。



【信頼は、売らずに築く──誠実なビジネスが業界を変えた。】

 それでも当時の健康食品業界は、「怪しい」「胡散臭い」というイメージが先行していた。今でこそサプリメントは老若男女に親しまれ、食品の一カテゴリーとして定着しているが、当時の世間の目は冷たかった。松山社長はその頃を、穏やかに振り返る。「この業界に入ったのは今から44年前です。当時、アメリカではすでにサプリメントが一般的でしたが、日本では“健康食品”という言葉すら馴染みがありませんでした。ローヤルゼリーを試食してもらっても、目の前で捨てられることもあったんですよ。」そう苦笑しながらも、松山社長は当時の現実を冷静に受け止めていた。一部では「高額商品を押し売りされる」「身体に良くない成分が入っている」「後から家に営業が来る」といった根拠のない噂が流れ、消費者の不安をさらに煽っていた。しかし、松山社長はその状況こそ、誠実な商いで信頼を築くチャンスだと考えた。「だからこそ、私は“売る”よりもまず“信じてもらう”ことを大切にしました。無理に売り込むのではなく、お客様の話をよく聞き、正しい情報を伝える。安心して使っていただくことが、何よりも大切だと感じていました。」その真摯な姿勢こそが、当時“怪しい”と呼ばれた健康食品業界の中で、オーキュウが信頼を積み上げる礎となっていった。



【正しい情報を届ける覚悟──オーキュウ流「信頼の方程式」。】

「私たちの扱う商品は、決して怪しいものではない。」松山社長はその信念を、何度も社員に語り続けてきた。正しい情報を正しい形で伝える──それこそが、誠実な商いの第一歩だと。ただ口で言うだけではなく、スタッフ全員が理解し、実践できる仕組みをつくることが重要だった。松山社長はこう語る。「“潰れない薬局”とは、単に薬を売る場所ではありません。お客様の悩みに寄り添い、信頼される“相談相手”になることが大切なんです。」そのためには、お客様が見せるわずかな違和感や、言葉の奥にある本音を敏感に感じ取り、正確な答えを返す力が求められる。信頼は接客の積み重ねからしか生まれない。この理想を現実にするため、オーキュウでは医学・薬学の専門知識を体系的に学ぶ環境を整えた。社内セミナーのほか、外部の専門セミナーへの参加も義務化。たとえば、日曜日に8時間の講義を12回受講するという本格的なプログラムもあった。1回あたりの受講費は決して安くはなかったが、松山社長は「お客様の信頼に応えるため」と、すべての費用を会社で負担した。講座では人体構造から漢方理論までを徹底的に学び、筆記試験も課される。そうした厳しくも実践的な教育を通して、社員一人ひとりが“正しい知識を持ち、説得力ある説明ができる人材”へと成長していった。その結果、オーキュウには「誇張せず、真実を伝える」文化が根づき、それがやがてお客様やご家族の安心、そして長く続く信頼の礎となっていった。

【人を育て、森を育てる──オーキュウが描く“共生の経営”。】

 松山社長には、もう一つ大切にしている信念がある。それは「お客様への貢献だけでなく、社会や自然との関わり方を大切にすること」だ。株式会社オーキュウでは、人づくりの教育とは別に、「自然との共生」をテーマにした活動を長年続けている。中でも象徴的なのが、社員とともに行う植林活動だ。松山社長はその理由をこう語る。「私たちが提供している健康支援の原点には、自然の恵みがあります。サプリメントにはハーブや植物の力が多く使われています。もし健康を支える会社が、自然を壊していたら本末転倒ですよね。だからこそ、自然に感謝し、木を植え、環境を守ることを大切にしているんです。」この活動は、単なるCSRではない。“自然の恵みに感謝し、恩返しをする”という哲学を、社員一人ひとりが実際に体験し、学
ぶための実践の場でもある。松山社長は毎回、社員を現地へ連れて行く。土に触れ、スコップで穴を掘り、苗木を植える。その手の感触を通じて、「会社の木」ではなく「自分たちの木」を植えるという意識を持たせている。教育と植林。どちらもすぐに結果が出るものではない。だが、時間をかけて大切に育てるという点で、両者には共通の精神がある。それこそが松山社長の経営哲学の核心──**“育てることが、未来をつくる”**という信念なのだ。



【「危機を生まない経営」──順調な時こそ全力の経営哲学】

松山社長の経営の根幹にある哲学を伺ったあと、「30年近い歴史の中で、危機的な局面を迎えたことはなかったのか?」と尋ねてみた。返ってきた答えは、わずか一言──「ない」。その声には、確かな自信と積み重ねてきた年月の重みがあった。
多くの企業が長い経営の中で何度か危機を経験するものだ。しかし、オーキュウには致命的な局面がなかったという。その背景には、松山社長独自の「踏ん張る経営」の思想がある。「業績が落ちてから立て直すのでは遅い。落ちないように、順調な時こそ全力で踏ん張る」それが松山社長の信念だ。この考え方は、かつての経営の神様・稲盛和夫氏が説いた「土俵の真ん中で相撲を取る」という経営哲学にも通じる。余裕があるときにこそ気を緩めず、次の一手を打つ。松山社長は若き日に学んだ稲盛フィロソフィを、自然と実践してきたのだ。実際、リーマンショックの際には同業他社の売上が3分の1にまで落ち込む中、オーキュウは致命傷を負わずに乗り切った。コロナ禍でも一時的な影響こそあったものの、経営が揺らぐことはかった。その支えとなったのは、「真面目が一番」という経営理念を貫き続けてきた地道な努力と、お客様からの信頼の積み重ねだった。「落ちた業績を戻すには百の力が必要ですが、踏ん張るには十の力で済む。だからこそ、日々の仕事に対して一生懸命、全力で向き合うことが大事なんです」と松山社長は語る。苦境の“芽”を見逃さず、社員一人ひとりが当事者として行動できる組織をつくる──。それこそが、松山社長の言う「真面目な会社経営」の真意である。「社員への恩返しとしての事業承継」──人を想い、人を育てた30年の軌跡創業から30年。節目の年を迎えた今、松山社長が見つめているのは「次の世代」への想いだった。「創業当初は福岡を拠点に、宮崎、熊本、長崎、鹿児島、そして沖縄へと少しずつ販売地域を広げていきました。私たちは“営業”よりも“関係づくり”を大切にしてきました。スタッフ一人ひとりが直接お客様と向き合い、誠実に対応し、信頼を積み重ねてきた。その積み重ねが、オーキュウの30年を支えてきたのです。」そう語る松山社長は、事業承継を「単なる引き継ぎ」ではなく、“社員への恩返し”として捉えている。「これまで真面目に、誠実に努力してきた社員たちが、自分の人生を切り拓ける場所をつくりたい。もし『自分の会社を持ちたい』という社員がいるなら、私はその夢を支援したい。そう思っています。」この想いの背景には、かつての苦い経験がある。創業初期、厳しすぎる指導により多くの社員が会社を離れた。その痛みを経て、松山社長は心に誓った。「二度と社員を苦しませたくない。安心して働ける会社にしよう」と。以来、“社員が誇れる職場”をつくることを使命とし、誠実な経営を貫いてきた。「社員が安心して働ける環境を整えることが、創業者としての最大の恩返しです。」その言葉には、30年の時を積み重ねてきた感謝と責任、そして未来へのやさしい眼差しが宿っていた。正しいことを正しく行う。社員とお客様を大切にし、信頼を何よりも優先する。この“シンプルで一貫した哲学”こそが、オーキュウの安定経営を支え、独自の企業文化を築き上げてきた原動力である。30年の歴史を支えてきたのは、製品でも仕組みでもない。それは“人”だった。真面目に、誠実に、正しいことを積み重ねてきた人たちが、オーキュウという企業の「信頼」という財産を築いた。これからもその精神を受け継ぎ、未来を担う次の世代へと「人の心」を渡していく。
──その姿こそ、松山社長が描く“真の事業承継”の形である。



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